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福岡地方裁判所 昭和32年(ヲ)258号 判決

申立人 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

右指定代理人訟務部長 小林定人

〈外二名〉

被申立人 美村通

〈外二名〉

主文

当裁判所が、丸伝証券株式会社に対する別紙執行正本目録記載の各執行力ある正本に基く各被申立人の申立により同会社が福岡証券取引所に対して有する別紙債権目録記載の各債権について、

一、被申立人美村通のために昭和三十一年二月一日なした転付命令(昭和三十一年(ル)第二一号事件)

二、同菊池彪のために同月七日なした転付命令(昭和三十一年(ル)第二七号事件)

三、同江口ハツのために同年一月三十一日なした取立命令(同年(ル)第一八号事件債権額信認金としての現金参拾五万円の返還請求権の限度において発せられたもの)、同年三月二日なした転付命令(同年(ヲ)第一一七号事件)はいずれもこれを取消す。

申立人のその余の申立を却下する。

申立費用は被申立人等の負担とする。

理由

一、本件申立の趣旨は「主文第一項並びに被申立人等のため主文第一項記載の各事件につきなされた各差押命令を取消す旨の決定を求める」というのであり、その理由は次のとおりである。

(一)  申立人は昭和三十一年一月三十一日申立外丸伝証券株式会社(以下申立外会社と略称する)に対し、同会社の同日現在の国税滞納額二十八万五千二百八十八円(昭和二十五年度、同二十八年度、同三十年度源泉所得税、証券移転税、有価証券取引税及びそれらの加算税、利子税合計額)に基く滞納処分として

申立外会社が福岡証券取引所(以下取引所と略称する)に会員信認金として預託している

(1)  現金五十三万九千五百円

(2)  国民貯蓄債券(第一回E一一五、九三六号ないし一一五、九四〇号、第二回B一二六、四五六号ないし一二六、四六〇号、第三回E一二九、九四五号)額面金千四百円十一枚

特別減税国債(第一回四四一号)額面金五万円(利札金九千円付)一枚

の返還請求権

を差押え、差押通知は同日第三債務者である取引所に送達された

その後福岡税務署長において同年五月十一日、同年九月三日金十六万九千八百四十一円(昭和二十八年度、同三十年度、同三十一年度源泉所得税、源泉加算税利子税、延滞加算税の合計)又博多社会保険出張所長において同年二月三日、金二十八万八千三百五円(昭和三十年度健康保険料、厚生年金保険料、同延滞金合計)の国税交付要求をした。

(二)  ところが被申立人等は各々その後に次のように福岡地方裁判所に申立外会社に対する債権の強制執行として、既に滞納処分によつて差押えられた前記債権の一部について差押命令、転付命令、或は取立命令を申立て、右命令はいずれも発せられた。その結果前記債権については滞納処分手続と被申立人等の強制執行手続とが競合するに至つた。

即ち、

被申立人美村通は別紙執行正本目録(一)記載の執行力ある正本に基く申立外会社に対する金六十万円の債権の執行として同会社の取引所に対して有する前記滞納処分による被差押債権のうち(一)の返還請求権(別紙債権目録(一)記載)について差押並びに転付命令を申立て、同裁判所は右申立に基き昭和三十一年二月一日前記債権について差押、転付命令の決定をし、右命令は同月二日取引所に送達された。次いで被申立人菊池彪は同裁判所に別紙執行正本目録(二)の執行力ある正本に基く同人の申立外会社に対して有する金七十七万九千七百三十円の債権の執行として同会社が取引所に対して有する前記滞納処分による被差押債権(一)の内別紙債権目録(二)記載の現金返還請求権の外、同会社の天満ビルに対して有する店舗賃貸借に基く敷金三十万円の返還請求権並びに同会社の国に対して有する昭和二十八年証七〇号、七一号、七四号の営業保証供託物額面各金五万五千円合計金十六万五千円の有価証券返還請求権について差押、取立命令を申立て、同裁判所は右申立に基き昭和三十一年二月七日前記債権に対する差押、取立命令を発し、右命令のうち取引所に対する部分は同月八日同所に送達された。

被申立人江口ハツは同裁判所に別紙執行正本目録(三)の執行力ある正本に基く、同人の申立外会社に対して有する金八十万九千六百円の債権に基く執行として、同会社が取引所に対して有する別紙債権目録(三)(1)記載の現金三十五万円及び個人積立金の返還請求権について差押、取立命令を申立て、同裁判所は昭和三十一年一月三十一日右申立に基き右債権について差押、取立命令を発し、右命令は同年二月二日取引所に送達された。次いで同人は右命令の目的債権の一部である会員信認金としての現金三十五万円の返還請求権(別紙債権目録(三)(2)記載)について転付命令を申立て同裁判所は同年三月二日右債権について転付命令を発し、更に、同人は前記滞納処分による被差押債権のうち(二)の有価証券返還請求権(別紙債権目録(三)(3)記載)について差押命令を申立て、同裁判所は三月二日右申立に基き差押命令を発し、右各命令は三月五日、取引所に送達された。

(三)  然しながら、これらの被申立人等の為に決定された各差押、取立、転付命令は、いずれも滞納処分による差押後に発せられたものであるから、違法であり取消さるべきものである。

即ち国税徴収法に基く滞納処分により差押えられた財産に対してはもはや民事訴訟法に基く強制執行は許されない。又既に強制執行の開始された財産に対してはもはや滞納処分をすることは許されない。滞納処分と強制執行とは目的物を強制的に換価して債権の実行をはかる点においては類似するところがあつても、前者は収税官吏の行う行政手続であり、後者は裁判所のなす訴訟手続であり、両者はその実施機関、根拠法規、手続において本質的に異る別個独立の手続であつて、実定法上両者の関係を規整する法規が存在しない以上、一方のなした結果は他方においてこれを尊重し侵すことは許されない。動産、不動産についてはこのことは明らかであるが債権についても同様なことが云えるのであつて、成程民事訴訟法においては、動産、不動産と異り債権の二重差押を認めているような規定があるけれども、これは第三債務者、及び債務者を審尋せずしてするため先行手続の有無が明確でないこと、又これを認めても手続の錯雑を来たすおそれがないことを理由とするもので、強制執行と滞納処分との競合にまで拡張することは、第三債務者の弁済の相手方、配当実施機関が不明となり滞納処分又は強制執行について交付要求をした者の地位関係などについて疑問を生ずるなど徒に手続の混乱を来たす結果となる。以上述べたところで明らかなように両者は本質的に異なる別個独立の手続であるから、その競合は許されない。従つてすでに滞納処分により差押えられている債権に対する差押及び取立、転付命令などは違法であつて取消さるべきものである。

しかるに第三債務者である証券取引所は申立人、被申立人の債権差押競合を理由として民事訴訟法第六百二十一条により前記競合した被差押債権の目的である現金五十三万九千五百円及び国債額面五万円貯蓄債券額面一万五千四百円を福岡法務局に供託した。よつて申立人は申立外会社に代位して第三債務者に請求してもその弁済を受けることができないので右競合の限度で被申立人らのためになされた各差押取立、転付命令の取消を求めるため本申立に及んだというのである。

二、当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  本件記録によると、国は申立外会社に対する滞納処分として昭和三十一年一月三十一日同会社が福岡証券取引所に対して有する申立人主張の現金及び有価証券の返還請求権について差押をなし、右差押は同日その効力を生じたこと、ついて差押のなされた右債権の全部又は一部について右差押の後たる申立人主張の日それぞれ被申立人等のため申立人主張のように差押命令並びに取立命令又は転付命令が発せられこれが債務者及び第三債務者に送達されたこと、したがつて申立外会社の福岡証券取引所に対する前記債権について滞納処分と強制執行との競合及び差押命令取立命令ないし転付命令等債権差押の競合が生ずるに至つたこと、そこで第三債務者たる福岡証券取引所は債権差押の競合を理由として前記現金及び有価証券を供託したこと、以上の事実が認められる。

(二)  申立人は債権につき既に滞納処分としての差押がなされているときは爾後右債権に対して強制執行をなすことは許されないと主張するので検討する。債権の差押は予め債務者及び第三債務者を審尋して債権の存否帰属を確めることなくして発せられるから、勢い強制執行としての債権差押の競合することを免がれえないのは勿論、滞納処分による差押と強制執行による差押が競合する事態の発生することも当然である。しかして民事訴訟法は前者の債権差押の競合を予定してかかる事態に処するため一応の規定を設けているが、後者の事態に対しては同法にも国税徴収法にも何等の規定なく、他に之に処する立法の存するのを知らない。ところで、滞納処分は滞納者の有する債権を差押え収税官吏又は公共団体の収税機関(以下単に収税官吏という)において之を取立てて国又は公共団体(以下単に国という)の租税債権等の満足をはからんとするのに対し、強制執行は執行裁判所が私債権者のためその申立に基き債務者の債権を差押え、ついで之が換価につき私債権者の選択に任かせて取立命令又は転付命令を発して私債権の満足をはからんとするものであるから、両者共最終的には被差押債権を取立てて債権の満足をはかる点においては同一であるが、取立の主体並びにその手続において全く異るものであるから、両者の間に何等かの調整を講じなくては滞納処分と強制執行とが競合する場合第三債務者は誰にどれだけの額を弁済したら自己の責任を免がれうるかについて疑念なきを得ないし他面収税官吏と私人は同一債権の取立ないしその充当について相対立し自己の債権の満足を得る方法を見出すに苦しむこととなる。ここに滞納処分と強制執行の競合する場合、条理に照らし合理的に解決する方法を見出す必要が生ずる、之を解決する

(イ)一つの考え方は、先行する手続を尊重して之を維持せしめ、後行する手続は後に先行する手続の存することの判明した結果として之を全面的に取消すことである。すなわち滞納処分が先行すれば後行の強制執行は之を取消し、強制執行が先行すれば後行の滞納処分を取消すのである。かくすれば第三債務者は債務弁済の相手方について迷う事態は消滅し、他面、国家機関としての行政庁なり執行裁判所が適法に与えられた権限に基いてなす差押につきその時の前後によつて優劣を定めることになつて国家機関相互の地位と機能を尊重しその間摩擦を生ずることなからしめる所以となる。これ、従来有体動産の差押、不動産の競売手続において判例通説の採つて来た態度であり、来る十月一日より施行される「国税滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律」を貫く原則でもあつて、合理的な考え方といいえよう。当裁判所も原則として、この見解に従うものである。

(ロ)ただ、滞納処分には国が被差押債権を取立てて国税債権の満足を得た後の剰余金について、一般私債権者が配当要求をなし得る手続を設けず、また滞納処分が国税の納付等の事由によつて取消されるに至つた場合私債権者を保護する規定の見るべきものがない。強制執行においては配当手続を認めており、収税官吏は滞納国税について強制執行が先行する場合改めて滞納処分をしえない代りに執行裁判所に対して交付要求ができるものと解すべきであるし、この交付要求は配当要求と同一の手続上の効力を有するものと解してよいから、たとえ私債権の債権差押が取下げられても他の配当要求債権者等による取立ないし配当の手続から除外されることなくして、国税の優先弁済を確保する余地が残されている。この点強制執行手続は国税債権と私債権の調和をはかつているもので、滞納処分手続が私債権の保護をかえりみないのに比べて大きな特質を有するといえる。そこで滞納処分が強制執行に先行する場合前者を尊重し後者を取消すことを原則としても、なお、一般私債権者が叙上二つの場合に被る不利益を除去しうる方法が考えられうるかについて検討する。

前記第一の剰余金ある場合についてみよう。収税官吏は私債権者又は第三債務者の申出等によつて強制執行が後行することを知つた場合(知りえない場合はいかんともしがたいが)剰余金を生じたときは之を執行裁判所に届出で又は執行債権者のために供託する等の行為に出でることを要するとすればこの不利益は除去できる。しかしこの趣旨の法令の規定がない以上収税官吏にかかる措置に出ることを強いることはできないし、また収税官吏はさようなことをする権限もないわけである。したがつて一般私債権者はかかる事態に対しては、滞納者の剰余金返還請求権につき改めて債権差押の挙に出でなければならないことになる。因みに、滞納処分が国税等の優先弁済をはかるものであり且つその理由あること当然ながら、他面一般私債権者のため剰余金につき配当手続を設けることの妥当性ないし必要性が一応考えられるが、配当手続が一般私債権の存否及びその数額の決定等相当複雑な判断と手数を要することを考えると、このことを収税官吏に期待するのは策を得たものではなく執行裁判所への届出ないし供託の立法措置を考える余地もありえよう。前記第二の、滞納処分がその後取消された場合についてみよう。かかる場合私債権者の被る不利益を除去するには、一般私債権者のためにする差押命令のみを維持しておけばいいわけである。差押命令は単に、債務者に対し被差押債権の取立を禁じ、第三債務者に対し任意に債務者に対する債務の弁済をなすべからざることを命ずるものであるから、この限りにおいては滞納処分によつて収税官吏のなす債権の取立を禁止ないし抑制する趣旨は全然含まれていないし、他面一般私債権者に対し爾後の換価手続たる取立命令又は転付命令を発付しなければ或は既に発付した取立命令又は転付命令を取消せば滞納処分は阻害せらるる何ものもないわけである。この観点からして強制執行は之を全面的に取消すのは妥当でなく、差押命令だけは之を維持し爾後の換価のためにする取立命令又は転付命令を取消せば足り、かくすることによつて先行の滞納処分を尊重しその手続の進行を阻害することなくして私債権者の保護を完しうる所以となるものと解する。

(ハ)尤も、民事訴訟法第六百二十一条第一項によると、金銭債権の差押につき配当要求の申立があれば第三債務者は債務額を供託する旨を規定し、本件において福岡証券取引所もこの規定に準拠し冒頭認定の如く供託している。差押命令が競合するときは後に発せられた差押命令の債権者は配当要求をしたと同一の効力を有するものと考えるべきであるから、本件のように差押命令が叙上の如く数名の者のために発せられると、ここに債権差押の競合が生じ第三債務者は債務額を供託する権利を有するかの如く見える。しかしこの規定による供託の権利は強制執行だけが行われていてその手続内で債権差押が競合した場合に処するための規定で、同一債権に対し強制執行と滞納処分が競合し、しかも後行の強制執行に先行し優先する滞納処分による債権差押がなされているときは、たとえ差押命令がなお維持されていても第三債務者は供託する権利を有しないものである。けだし民事訴訟法第六百二十一条第一項で第三債務者に供託する権利を認めたのは、差押命令ないし取立命令転付命令が競合した場合第三債務者はいずれの債権者にいくらの割合で支払えば債務を免かれるかの判断に苦しむが故に、債務弁済の相手方弁済額の決定を自らする代りに叙上の命令を発した執行裁判所の判断と決定に任かせる趣旨に出でたものである。したがつて本件の如く強制執行に優先する滞納処分が進行しているときは、第三者債務者たる福岡証券取引所はまず滞納処分をした国に債務を弁済すれば足るのであつて、之を供託することはできないのであり、たとえ供託してもその供託は原因を欠く無効のものといわねばならない。

(ニ)なお最後に一言するに、転付命令は適法な送達があると通常その効力を生ずると共に直ちに執行手続として終了する。差押命令ないし取立命令の競合する場合発せられた転付命令は元来発すべからざる場合になされたものであるから当然無効であるが、之に対しては異議の申立ないし抗告は既に強制執行は終了しているから之をなす余地はなく、転付命令に基き債権を取得したとする差押債権者の提起した訴訟においてその無効を争えば足るとされる。しかし債権差押の競合した場合に発せられた転付命令自体は無効であるがその前提をなす差押命令はなおその効力を維持されるものであるから、差押命令に引続き之に基いて発せられた転付命令の一連の債権差押の強制執行は全く終了したとはいいえない。したがつて叙上の意味で差押命令はなおその効力を失わず、之に引続きなされた転付命令は効力を有しないからこの趣旨において後者を取消す必要と意義がある。

以上説明した理由によつて、本件申立中差押命令の各取消を求める部分は理由がないから却下することとし、各取立命令及び転付命令を求める部分は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の如く決定する。

(裁判長裁判官 亀川清 裁判官 高石博良 高橋朝子)

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